2020年8月27日木曜日

2020/8/27 縦的と横的

人は体と心の二重になっていますが、心は縦的な面を身代わりしており、体は横的な面を身代わりしています。仏教では、参禅を通して、心とは何かを研究してきましたが、いまだに心が何か分からずにいます。心は縦的な「私」です。また体は横的な「私」です。ですから、横的な私と縦的な私が統一される場で、私という人格が完成するのです。何を中心としてこの縦的なものと横的なものが統一されるのでしょうか。共鳴できる本質を通して一つになる所において、完成を論じることができます。それはお金でもなく、知識でもなく、権力でもありません。ただ、神様の真の愛によってのみ共鳴するのです。
(天聖経4・1・2・9)

所長視点)
縦的な世界というのは、見えない世界、霊界を現しています。横的な世界は見える世界、地上界です。霊界に存在している心が、神様の真の愛によって共鳴する、その感動でもって人生を生きれるようになることが、私の責任分担であり、人格を育むということになります

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