同様に、価値ある理想相対といえども、相手のことを平面的に見れば、神様はどこにも見えません。夫婦で手を握り合い、「祝福を受けた夫婦は仲良くしなければならないので、今、一応、手を握っています。み言で教えられたからそうしています」「若い時より、肌触りはガサガサしていますが、愛さなければならない相手ですよね。よく分かりますが、暑いので手を離しても良いでしょうか」と言うような、形だけの接し方を幾ら繰り返して
も、可能性がありません。祝福を受けたとしても、神様の視点で相手を見なければ、相手を、そして自分自身をも、ぞんざいに扱っているからです。
所長視点)
夫婦で愛するのでも、まずはかたちから入るのは必要です。その上で「神様の視点」で相手をみることを通じて、神様の愛を授け受けすることができるようになっていきます。そこに相対から、創造本然の価値を見出すことができるようになっていきます
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