2020年8月10日月曜日

2020/8/10 花の中の神様

神様の愛を慕って自分がない人は、花が美しいと感じたときに、その中に神様を見ます。なぜかというと、花の美を通して神様と関係を結ぶことに大きな喜びを見いだしているからです。花の細部にまで宿る神様の無限の投入を感じながら「神様、私もあなたを愛してます」というように「神様から愛される喜び」と「神様を愛する喜び」を同時に感じることができます。
同様に、価値ある理想相対といえども、相手のことを平面的に見れば、神様はどこにも見えません。夫婦で手を握り合い、「祝福を受けた夫婦は仲良くしなければならないので、今、一応、手を握っています。み言で教えられたからそうしています」「若い時より、肌触りはガサガサしていますが、愛さなければならない相手ですよね。よく分かりますが、暑いので手を離しても良いでしょうか」と言うような、形だけの接し方を幾ら繰り返して
も、可能性がありません。祝福を受けたとしても、神様の視点で相手を見なければ、相手を、そして自分自身をも、ぞんざいに扱っているからです。

所長視点)
夫婦で愛するのでも、まずはかたちから入るのは必要です。その上で「神様の視点」で相手をみることを通じて、神様の愛を授け受けすることができるようになっていきます。そこに相対から、創造本然の価値を見出すことができるようになっていきます

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