私たちは、知っていようと知っていまいと、あるところに向かって進んでいます。「私」が動く時間にも進んでおり、休んでいる時間にも進んでいます。これは否定できない事実です。一生を経たのちに「私」はどのようなところに行くのでしょうか。これが、人間が解決すべき重要な問題です。宗教も哲学も歴史も、この問題を解決するために動員されています。この問題を解決できなくても、私たちは逝くべき運命に置かれています。私たちが生きたのちに死ぬ日、この体は土に埋められることによって終わります。体が埋められるその日は、心も、生命も、心情も、理念も、あるいは願いまでも共に埋められてしまうのでしょうか。この問題に対して、その内容と解決点と、はっきりした目的観を立てておかない人は、不幸な人にならざるを得ません
天聖経7・1・3・14
所長視点)
誰もが避けられない「死」という問題に対して向かい合ったときに、人生観が定まります。そこが曖昧だと生き方も曖昧になります。一番重要な問題に向き合うこと、これが「死」に向き合うことです。原理で一番重要なテーマです
2020年6月10日水曜日
2020年6月9日火曜日
2020/6/9 霊界の愛の波長
死は第二の出生なので、悲惨ではありません。アダムとエバが堕落していなければ、神様と共鳴圏で暮らしていたはずです。心と体が共鳴するというのです。それで、私たちが地上で愛を中心として生活するようになれば、霊界の愛と同じ波長基準になっているので、地上で暮らしながら霊的世界を感知することができます。
地上で父母から生まれて父母と共に生きながら、父母から学んで地上生活を完成させるとのと同じように、天上世界の愛の母体である神様を中心として生まれ変わり店、天の父母と共に永遠の愛の世界で、内的五官を完成した神様の息子、娘として、神様の友として、神様の体として生きていくのです。ですから、死んでなくなってしまうのではありません。死は第二の出生であり、有限な世界から無限の世界に行くときに境界線を突破するためのものであり、峠を越えるためのものなのです
天聖経7・1・3・8
所長視点)
私たちが求める愛の基準は霊界に行っても通じる基準です。霊界の愛と同じ波長基準をなることが地上生活の目的であるともいえます。霊界の愛の波長は「私の本心」にあります。自分の本心の波長を開拓し発信することが「ために生きる生活」です
地上で父母から生まれて父母と共に生きながら、父母から学んで地上生活を完成させるとのと同じように、天上世界の愛の母体である神様を中心として生まれ変わり店、天の父母と共に永遠の愛の世界で、内的五官を完成した神様の息子、娘として、神様の友として、神様の体として生きていくのです。ですから、死んでなくなってしまうのではありません。死は第二の出生であり、有限な世界から無限の世界に行くときに境界線を突破するためのものであり、峠を越えるためのものなのです
天聖経7・1・3・8
所長視点)
私たちが求める愛の基準は霊界に行っても通じる基準です。霊界の愛と同じ波長基準をなることが地上生活の目的であるともいえます。霊界の愛の波長は「私の本心」にあります。自分の本心の波長を開拓し発信することが「ために生きる生活」です
2020年6月8日月曜日
2020/6/8 統班撃破
統班撃破は、銃剣で脅迫し、恐喝しなさいということではありません。愛のみ言と愛の実践を通して夜も昼も活動するならば、老人たちがタバコを吸い、酒を飲みながらも、あるいは悪いことをしながらも「うちの息子、娘にもあの人たちを見習わせなければ」と統一教会を褒めるのです。そうすれば、酒好きの悪魔がそこにくっついていても、逃げていくというのです。けんかしていた者たちも、統一教会に入教してからはけんかしないのを見て「うちの息子、娘も統一教会の教会員のようにならなければいけない」と思えば、サタンは逃げていくのです。
すべての面において、原理原則を代表した一つの立て札となり、家庭に先祖の標的を立てなければなりません。先祖の中の先祖が真の父母なのです
天聖経9・1・4・23
所長視点)
韓国で「統」は町、「班」は村のようなくくりです。ようするに地域のまわりながら愛の実践をしていけば、サタンが逃げていくということです。そのときにみ言を語るのではなく、地域の人が困っていることを聞いてあげ、助けてあげる。自分ができる精一杯を真摯に実践していく。これが愛の実践です。
すべての面において、原理原則を代表した一つの立て札となり、家庭に先祖の標的を立てなければなりません。先祖の中の先祖が真の父母なのです
天聖経9・1・4・23
所長視点)
韓国で「統」は町、「班」は村のようなくくりです。ようするに地域のまわりながら愛の実践をしていけば、サタンが逃げていくということです。そのときにみ言を語るのではなく、地域の人が困っていることを聞いてあげ、助けてあげる。自分ができる精一杯を真摯に実践していく。これが愛の実践です。
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